藤原 ヒロシ。 藤原ヒロシのフラグメント デザイン×英・伝説カルチャー誌『THE FACE』のコラボT

でも僕は自分のよく知らない曲をかけるのはDJとしてカッコ悪いと思ってた。 ロンドンでそんな僕は完全にマイノリティだったわけだけど、向こうの人たちは面白がって受け入れてくれたんです。 本書には、独自のコネクションで世界中のキーパーソンとつながり、さまざまな文化を日本に紹介してきた彼の音楽の歴史が詰め込まれています。

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これもマイノリティ同士が仲良くなって何かを作り上げた好例だと思う。 僕は83年のロンドン旅行で、マルコムの家に遊びにいってたんです。

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行くまでは黒人だらけでヒップホップしかかかってないような、ちょっと危険そうな場所を想像してたんですよ。 でもあれ、ほんの一瞬の出来事だったと思います。 horizon (2013年) 監修 [ ]• 当時のロンドンはパンク・ムーブメントが終わって、ヒップホップやレアグルーヴが流行り始めてたから、その空気感と僕の音楽の趣味がマッチしたというのも大きかったと思います。

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何日も居候させてくれたり、新しい友達を紹介してくれたり。

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『SEASONS』のワンコーナー「JUN THE CULTURE」は、時代をクロスオーバーする藤原ヒロシの選曲&監修でお届けする、ミュージック、ファッション、カルチャーが有機的に結びつくプログラム。

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WORK THROUGH THE NIGHT(INITIAL) 08. 藤原:絶対そんなことないでしょう(笑)。

(1991年 )• 僕は中学の時に制服がなかったし、高校もほとんど制服を着ていなかったので。 既存の考え方に捉われずに面白いものを作ってもらえるだろうと、ヒロシさんに白羽の矢を立てさせて頂きました(笑)。

僕はパンクやニューウェーブが大好きだったけど、同時に姉の影響で子供の頃からソウルやファンクもたくさん聴いてたんです。

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